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2007年9月27日木曜日

ハニカミ王子

石川 遼(いしかわ りょう、1991年9月17日 - )は、埼玉県松伏町出身の杉並学院高等学校所属のアマチュアゴルフ選手である。血液型O型(当時はB型説が有力だった)。身長171㎝。

6歳の頃、父に連れられてゴルフ練習場に行った事をきっかけにゴルフにのめりこむ。
中学校では、ゴルフ部ではなく陸上部に所属した。これは、短距離走で足の筋力と体力を付けるため。
小さいころから負けず嫌いだった。

アマチュア
2005年、関東中学校選手権、全国中学校選手権優勝を初め、中学生大会で常に上位レベルを誇る実績を持ち、高校生となった2007年に行われたマンシングウェアオープン KSBカップで、日本のプロゴルフ大会においての史上最年少優勝を達成し注目を集めた。
男子ツアーでのアマチュア優勝も「中四国オープン」で優勝した1980年、倉本昌弘以来で史上2人目[1]。
優勝した2007年のマンシングウェアオープン KSBカップは大会初日が暴風のため中止となったため、最終日に2ラウンドが行われた。高校生でありながら36ホールを回っての逆転優勝(2日目終了時点で7打差の23位)は特筆すべき勝負強さである[2]。
その優勝した大会のインタビューでの言動から「ハニカミ王子」というニックネームが付いている。ちなみにその名づけ親は、この大会のテレビ中継を実況し、彼の優勝インタビューの最中にふと彼を「ハニカミ王子」と呼んだ瀬戸内海放送(KSB)の多賀公人アナウンサーである。まさに優勝した瞬間に生まれたニックネームであった。優勝記者会見で石川本人も「ハニカミ王子」のニックネームについてコメントした。なお、優勝当日フジテレビジョンの新報道プレミアAでは、サンバイザーをつけている姿から「サンバイザー王子」と呼んでいたが、まったく定着しなかったため翌週から「ハニカミ王子」と呼んでいた。
2007年5月25日、優勝報告のため埼玉県庁を訪れた際、上田知事から県のマスコット・コバトンのぬいぐるみが贈られた。
2007年の日本アマチュア選手権は2日目にスコアを崩してしまい、予選通過はならなかった。来年以降の活躍に期待が持たれる。
2007年7月14日、世界ジュニア選手権に出場のため石川含む男女6選手が渡米。
2007年8月17日、日本ジュニアゴルフ選手権 男子15歳~17歳の部(霞ヶ関CC)、大会史上最年少の15歳11ヶ月で初優勝。スコアは大会レコードタイとなる3日間通算9アンダーで204。
2007年8月、フジサンケイクラシックに出場。2日目まで首位と3打差の6位だったが3日目でスコアを落とし、結局3日間通算1オーバーの214で15位に終わる。
2007年9月3日、世界最年少優勝記録(15歳245日)のギネスブック認定を受け、認定証授与式を東京都内で行った。これにより石川の通称「ハニカミ王子」に「ギネス王子」が加わった。

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